テレビ連動型キャラクタービジネスモデルの完成形
私が2005年に論文執筆しポーター賞を受賞したバンダイの競争戦略は、「テレビ完全連動型キャラクター・マーチャンダイジング」に集約されていた。当時のバンダイは、人気キャラクターの商品を後追いで作る会社ではなかった。テレビ番組の企画段階から制作会社と連携し、キャラクター、ストーリー、アイテム、玩具、CM、流通、在庫管理を一体で設計する会社だった。
このモデルの本質は、ヒット商品を偶然当てることではない。テレビという巨大な同期装置に、商品開発・販促・流通・在庫管理を精密に合わせることにあった。番組内で新キャラクターや新アイテムが登場する。子どもはその世界観に没入する。その直後に番組内CMで商品が提示され、店頭には同じタイミングで商品が並ぶ。番組の熱量が最も高い瞬間を、購買行動へ変換する仕組みを作っていたのである。
ポーター賞の分析でも、バンダイの商品設計者は番組企画段階から制作会社との打ち合わせに参加し、キャラクターやアイテム設計に関与していたとされている。これにより、放送開始や新キャラクター登場に合わせた商品投入が可能になり、キャラクターの世界観を損なわない商品化も実現していた。
バンダイの強さは、商品カテゴリーの幅にもあった。キャラクター商品は玩具、フィギュア、カプセル玩具、玩具菓子、ゲーム、生活用品、衣料などに広がり、2004年時点でキャラクター商品の売上は全体の73.6%を占めていた。また、売上の半分はシリーズ化した定番キャラクターから得られており、安定収益を背景に新規キャラクターへ投資できる構造を持っていた。
バンダイの競争優位は「良いキャラクターを持っていた」ことだけではなかった。IPを中心に社内外の活動を同期させる組織能力にあった。
メディア部は、新キャラクター・番組の立ち上げ、商品化権の獲得、著作権者との交渉、社内商品事業部の調整、キャラクター単位での収益管理を担っていた。バンダイは玩具会社でありながら、実態としては高度なIPマネジメント企業だった。
ゴールデントライアングルの崩壊
このモデルを支えていたのが、テレビ局、出版社・版元、バンダイのような商品化企業によるゴールデントライアングルである。テレビ局は放送枠と視聴接点を持ち、出版社や版元は原作やキャラクターを供給し、バンダイは商品化、スポンサー出稿、流通、在庫管理を担う。地上波テレビのプライムタイムは、子どもたちの認知と欲求を一斉に作る巨大なメディア装置だった。
しかし、2000年代半ば以降、この前提は崩れていく。少子化、塾や習い事、携帯電話・インターネットの普及、テレビ視聴行動の変化によって、子どもが決まった時間にテレビの前にいる前提が弱くなった。テレビ局側から見ても、プライムタイムに子ども向けアニメを置く合理性は下がり、アニメは土日朝、夕方、深夜、BS、配信へと分散していった。
ただし、ここで起きたのはアニメやキャラクター人気の衰退ではない。テレビを中心に一斉に需要を作る仕組みが弱くなったということである。アニメ産業は、地上波テレビの黄金枠を失った後、深夜アニメ、製作委員会、DVD/Blu-ray、原作コミック、音楽、イベント、ゲーム、配信へと収益源を分散させていった。
グローバルIP産業としての再隆盛
そして2020年代に入り、アニメは再び大隆盛の時代を迎えた。ただし、それは昔のテレビアニメ黄金時代の復活ではない。現在のアニメブームは、地上波テレビ中心の国内キャラクター商品化ビジネスではなく、配信、SNS、音楽ストリーミング、映画、ゲーム、グッズ、イベント、越境ECを横断するグローバルIP産業としての隆盛である。日本動画協会によれば、2024年の広義のアニメ産業市場は3兆8,407億円で過去最高を更新し、そのうち海外市場は2兆1,702億円と国内市場を上回っている。
音楽ビジネスにおいても、アニメの意味は大きく変わった。かつてアニメ主題歌は、番組の一部、あるいは"アニソン"という独立ジャンルとして見られていた。しかし現在、アニメタイアップはJ-POPやJ-Rockが世界で発見されるための強力な導線になっている。2024年の日本の音楽配信売上は1,233億円、うちストリーミングは1,132億円で、配信売上全体の91.8%を占める。ストリーミング時代には、楽曲そのものの力だけでなく、発見される文脈が必要になる。アニメは、楽曲に物語、キャラクター、映像、感情、ファンコミュニティを与える。ノンクレジットOP、YouTube、TikTok、海外リアクション動画、ファンアート、ライブ、プレイリストが連動し、楽曲を国内外に拡散させる。アニメタイアップは、単なる宣伝枠ではなく、グローバルな音楽発見装置になったのである。
バンダイナムコの進化
ここで誤解してはならないのは、テレビ完全連動型モデルの相対的低下が、バンダイの競争優位の崩壊を意味するわけではないという点である。むしろ、バンダイナムコグループは、テレビという単一の同期装置に依存したキャラクタービジネスから、IPを中心に複数の事業領域と世界中のファン接点を束ねるグローバルIP企業へ進化した。
実際、バンダイナムコホールディングスの2024年度業績は、売上高1兆2,415億円、営業利益1,802億円、親会社株主に帰属する当期純利益1,293億円となり、過去最高業績を達成している。旧来のテレビ連動玩具モデルが相対的に弱くなったとしても、グループ全体としては収益基盤を大きく拡大している。
事業別に見ても、成長は一領域に依存していない。2024年度実績では、デジタル事業、トイホビー事業、IPプロデュース事業、アミューズメント事業がいずれも売上を伸ばしている。特にトイホビーでは、ハイターゲット層向け商品、トレーディングカードゲーム、ガンプラなどが好調に推移し、北米・アジアでも売上を拡大している。IP別には、ONE PIECE、ガンダム、DRAGON BALLといった定番IPが、メディア展開、主力商品、新商品投入、海外展開を組み合わせて伸長している。
IPプロデュース事業でも、劇場作品『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』や『劇場版ブルーロック -EPISODE 凪-』の興行収入、グローバル映像配信、ライセンス展開、ライブイベント関連パッケージ販売などが業績に貢献している。IPはもはや単なる商品化対象ではなく、映像、音楽、イベント、ライセンス、海外展開を横断して収益化される存在になっている。
「赤バンダイ」と「青バンダイ」の分化
この変化は、バンダイの原点が失われたことを意味しない。むしろ、2005年時点でバンダイが持っていた「キャラクターを中心に、番組、商品、流通、販促、組織を同期させる能力」が、グループ全体のIP軸戦略として拡張されたと見るべきである。かつての同期対象は、テレビ番組、玩具、CM、店頭だった。現在の同期対象は、ゲーム、映像、音楽、配信、ガンプラ、フィギュア、カード、公式ショップ、イベント、EC、海外ファンコミュニティ、データ活用へと広がっている。
この進化は、バンダイナムコの中期計画にも表れている。2025年4月からの3カ年中期計画では、「Connect with Fans」を中長期ビジョンとして掲げ、世界中のIPファン、パートナー、社員、社会と、広く、深く、複雑につながることを目指している。また、「いいものつくる」「もっとひろげる」「そだてつづける」「みがきふかめる」という4つのキーテーマを掲げ、新規IP創出、カテゴリー拡大、エリア拡大、IPブランド育成、データ利活用を進めるとしている。
この構造変化を象徴するのが、「赤バンダイ」と「青バンダイ」の分化である。2018年に設立されたBANDAI SPIRITSは、世界のハイターゲット市場で事業成長することを目的とし、ガンプラ、フィギュア、ロボット、キャラクターくじ、アミューズメント景品などをグローバルに展開している。
赤バンダイが子ども・ファミリー向けのテレビ番組連動型キャラクター商品化を担う存在だとすれば、青バンダイ(BANDAI SPIRITS)は大人・海外・高単価・ロングテールのIP商品化を担う存在である。バンダイナムコは、子ども向けテレビ番組連動玩具会社から、グローバルIP商品化企業へと進化した。
スーパー戦隊の休止が象徴するもの
もう一つの象徴が、スーパー戦隊シリーズのテレビシリーズ休止である。東映は、2026年2月15日から『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』をテレビ朝日系の日曜朝9時30分枠で放送開始した。同作は、スーパー戦隊シリーズ休止後の新たな特撮シリーズ「PROJECT R.E.D.」第1弾として位置づけられている。
スーパー戦隊は、バンダイ型モデルの完成形だった。毎年、新しいチーム、新しい変身アイテム、新しい武器、新しい合体ロボ、新しいなりきり玩具を投入し、1年間のテレビ放送と商品発売を同期させる。番組のストーリー進行に合わせて新ロボ、新メカ、新アイテムを登場させ、子どもの欲求を作り、小売店頭で回収する。この仕組みは、まさにテレビ完全連動型キャラクター・マーチャンダイジングの王道だった。
しかし、現在の市場では、この1年リセット型のモデルは相対的に厳しくなっている。子どものテレビ視聴接点は分散し、玩具購入の導線もテレビCMと店頭だけでは完結しなくなった。一方で、成長しているのは、ガンダム、ドラゴンボール、ONE PIECEのように、大人・海外・ゲーム・配信・フィギュア・プラモデル・カード・イベント・ECで長期運用できるIPである。
バンダイナムコの2025年3月期データでは、グループ全体のIP別売上高はスーパー戦隊64億円に対し、ガンダム1,535億円、DRAGON BALL1,906億円、ONE PIECE1,395億円である。国内トイホビーでも、スーパー戦隊54億円に対して、ガンダム757億円、ONE PIECE942億円となっている。スーパー戦隊が価値を失ったわけではないが、複数人のチーム、色分け、変身、巨大ロボ、毎年新作、子ども向け、玩具連動というフォーマットは、現在のグローバルIP運用では制約にもなる。
したがって、スーパー戦隊の休止は、単なる一シリーズの終了ではない。かつてバンダイの競争優位の中心にあった「子ども向け地上波テレビ番組 × 玩具スポンサー × 年間商品サイクル」というモデルが、歴史的な転換点を迎えたことを示している。一方で、BANDAI SPIRITSの設立、トイホビー事業のハイターゲット化、デジタル・映像音楽・アミューズメントとの連動、そしてバンダイナムコ全体の過去最高業績は、成長の重心が大人、海外、コレクター、高単価、ロングテールIP、ファン接点の多層化へ移ったことを示している。
同期の中心が変わった
結論として、バンダイの本質は変わっていない。変わったのは、同期の中心である。2005年当時の勝ち筋は、テレビを中心にキャラクター、番組、商品、CM、流通、在庫を同期させることだった。現在の勝ち筋は、IPそのものを中心に、配信、映画、音楽、SNS、ゲーム、グッズ、イベント、EC、海外ファンコミュニティ、データを同期させることに移った。
テレビ完全連動型キャラクタービジネスは終わったのではない。テレビを中心にした旧モデルが、IPを中心にしたグローバル・ファン接点同期モデルへ進化したのである。
バンダイナムコはその進化を最も分かりやすく体現している企業であり、旧来型モデルの一部が縮小する一方で、IPを軸にしたより大きな事業システムへと成長を続けている。
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